不動産の所有者が認知症になると、「売りたくても売れない」「建て替えもできない」という“デッドロック状態”に陥ることがあります。
そんな時に頼れるのが、今注目されている「家族信託(かぞくしんたく)」という新しいしくみです。
では、なぜこの“デッドロック”が起きてしまうのでしょうか?
まずは、不動産の所有者が持つ「所有権」について整理してみましょう。
所有権とは?

不動産の所有者には、所有権という権利があります。この所有権は、さらに2つの権利に分解することができます。
- ①管理権:修繕・売却などを決める権利
- ②受益権:家賃や売却代金を受け取る権利
この2つがそろってはじめて「所有者」と言えます。
不動産の所有者が認知症になったら?
もし不動産の所有者である父が認知症になって判断能力を失うと、家族であってもその不動産を勝手に売却することはできません。所有権を持つのはあくまで父本人だからです。
代理で手続きを行うには「成年後見制度」を利用する必要がありますが、後見人の役目は財産を「守ること」。原則として、不動産を売却したり建て替えたりすることはできません。
「不動産を売却しないと施設入居費用が工面できない」等の合理的な理由があると認められる場合を除き、家庭裁判所から売却の許可が下りない可能性が高いのです。
このように、不動産を売ることも建て替えることもできなくなってしまう状態をデッドロックといいます。
家族信託を活用しましょう

認知症への備えとして、今、非常に注目されているのが家族信託です。この家族信託は、後見制度の良いところだけを抽出した、とても使い勝手のよいしくみです。
一言でいうと、「財産の所有権のうち、管理する権利だけを信頼できる家族に託す」という契約です。
「受益権」はそのまま所有者に残すため、家賃や売却益は引き続き本人のものになります。
たとえば、父が長男に管理権だけを託した場合、長男が契約や修繕を行い、売却代金は父のものになります。所得税の確定申告も父の所得として申告することになります(申告手続を家族が代行するのはOKです)。
家族信託にまつわる税金(生前贈与との比較)
これまで、不動産の管理をすべて引き継がせるには、所有権を丸ごと移す、生前贈与という方法が主流でした。生前贈与では、所有権を丸ごと移すので、受益権も移すことになります。この場合には当然、多額の贈与税の負担が発生するのです。
一方で、家族信託はどうかというと、管理する権利だけを移し、受益権を動かさない契約であれば、贈与税はかかりません。また不動産取得税も非課税です。登録免許税はかかりますが、生前贈与の場合と比べるとその負担は5分の1です。
生前贈与と家族信託の違い
| 生前贈与 不動産の管理権、受益権も長男が持つ |
家族信託 不動産の受益権は父、管理権は長男が持つ |
|
|---|---|---|
| 贈与税 | 課税 | 非課税 |
| 不動産取得税 | 課税 | 非課税 |
| 登録免許税 | 課税(2%) | 課税(土地0.3% 建物0.4%)* |
| 所有権移転登記 | 必要 | 必要 |
| 司法書士報酬 | 必要 | 必要 |
| 税理士報酬 | 必要(贈与税申告依頼時) | 不要 |
| 家賃をもらう人 | 長男 | 父 |
| 物件の管理 | 長男が管理 | 長男が管理(父の合意を必要とさせることも可能) |
*固定資産税評価額に対して
遺言書の代わりとしても使えます
例えば、父から長男へ、不動産を管理する権利を家族信託によって移しておきます。その後、父が亡くなったときに受益権は母に移転させることを、あらかじめ契約に織り込んでおくことができます。
結果として、父に相続が起きた後には、管理は長男が行い、家賃収入は母に帰属するような形にできるのです。
というわけで、以上です。
「相続対策よりも先に、認知症への備えを。」
家族信託は、財産を守るだけでなく、家族の安心も守るしくみです。
将来のトラブルを防ぐためにも、元気なうちに、信頼できる家族と一緒に考えてみてください。
